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2016年11月24日

【 #国分寺市 総合ビジョン:3 「自治基本条例」「市民自治」「主権者市民」「市民参加」の文言が消える!】「平和」「人権」「男女平等」のキーワードも消える #安倍政権うり二つ度LV10

前号では、@「自治基本条例上の「評価の手続き」をまともに踏んでいない問題」によって、現在策定中の国分寺市ビジョン案(次期基本構想)は「現行の第4次長期総合計画(基本構想や基本計画)の反省と教訓」が反映されていないことを指摘しました。

今号では、これらの問題が原因で、国分寺市ビジョン案からA「現行の基本構想に記載してある肝心のキーワードが抜けている問題」について、記事にしたいと思います。

※第4次長期総合計画と国分寺市総合ビジョンとの関係や計画全体の構成については↓コチラから(前号の記事)

http://osamukouno0901.seesaa.net/article/444153928.html

 

●国分寺市ビジョン案から「自治基本条例」の根幹部分を削除

国分寺市ビジョン案の中から「市民参加」や「自治基本条例」という文言や精神が、「完全に」と言っていいほど欠落している問題については、過去に記事にしているので↓コチラをご覧ください。

20161012日の記事http://osamukouno0901.seesaa.net/article/442753947.html

この記事にさらにつけ加えると、現在の基本構想の前文に記載してある「市民自治」という言葉や「主権者市民」という言葉についても、国分寺市ビジョン案から削除しています。すなわち、自治基本条例の精神である「真の市民自治を確立する」(自治基本条例前文)ための目的から、手段から、そしてその方向性を示す「国分寺づくりの理念」まで、完全に削除するという徹底ぶりです。※下記資料参照

※下記資料は「(現行の)第4次長期総合計画・後期基本計画」9「国分寺市基本構想の前文」より抜粋(赤字・赤線は幸野が加筆)

このことに対して1118日の市議会・総合ビジョン特別委員会で、他の委員からも「自治基本条例の『参加』という言葉も、分かりやすく入れてほしい」という質問が出されましたが、担当課長は「まさに自治基本条例の精神を分かりやすく記述したものがこの国分寺市ビジョン案だ」と、強弁しました。

・・・???私は「よくそんなことが言えるなあ!」と、あっけにとられていましたが、続けて課長は「不足するものがあれば、検討したい」とも答弁したので、すかさず私も「『市民自治』や『主権者市民』という言葉もなくなっている。自治基本条例の大事な要素なので追加すべきだ」と質問したところ、同様に担当課長は「不足するものがあれば、検討したい」と答弁しましたので、これらの文言については追加される可能性が出てきました。

検討結果については待ちたいと思いますが、改めて整理しておきますと、先に述べたように、国分寺市ビジョン案についての「自治基本条例の精神」の記述は、現行の基本構想と比較して、恐ろしいほど後退しています。

 

●国分寺市ビジョン案の「ともに〜・・」は、自治基本条例とは似て非なるもの

市は国分寺市ビジョン案の「まちづくりの基本理念」のところで「ともに進める」「ともに高める」「ともにつなげる」と記述してあるので、この部分で自治基本条例の精神を記述していると主張しています。※下記資料参照

※下記資料は「国分寺市ビジョン案」P4「まちづくりの基本理念」より抜粋(赤線は幸野が加筆)

しかし、自治基本条例の精神は「国分寺市」という「行政機関の自治体」が進める政策などを、行政機関が「一方的に決める」のではなく、「市民の参加の権利を保障」し、「単独で進める」のではなく「市民や市民団体と協働して」行い、そのために「情報を出さない」のではなく「情報を共有」することを定めたものです。

その点で、国分寺市ビジョン案の記述がどのようになっているかというと、

「ともに進める」の項では、「地域課題の発見・解決を行政だけで行うことは困難になって(いる)」ので「市・市民・市民活動団体・事業者等が情報を共有し、それぞれが能力を発揮して、協働などにより、地域課題の発見・解決に取り組むことが必要」としておりますが、国分寺市において最も重要な役割・政策を担わなければならない「行政機関・国分寺市」の政策策定過程における「市民参加の保障」という記述が欠けているだけでなく、「協働」や「情報共有」という記述についても「行政機関・国分寺市」の義務というより、「市民・市民活動団体・事業者等」にも求める中身になっており、現在焦点になっている行政の「黒塗り文書(のり弁)」や「隠ぺい体質」「ブラックBox」などの課題に切り込む記述には全くなっておりません。

「ともに高める」の項についても「市と市民がともに国分寺の魅力を発掘し、市内外に発信することで、更にまちの魅力を高めていきます」としていますが、ここでも「行政機関・国分寺市」としての役割・責任を規定しているのではなく、一般的な表現にとどまっています。

「ともにつなげる」については「将来に負担を先送りせず、また、災害などの有事にも耐えうる持続可能なまちとして、国分寺が発展し続けていくためには、行政改革を継続するとともに、オール国分寺で地域課題の解決に取り組み、まちの魅力を高めていくことが欠かせません」としていますが、行政が主体的に行っている「行政改革」のところには「オール国分寺」の文言はかかっておらず、市民に負担を押し付ける肝心なところは「行政だけで進めてしまおう」という意思がみてとれます。

実際問題、現在進められている中心的な「行政改革」の一つである「公共施設等総合管理計画」や、これに伴う「公共施設適正再配置計画案」は、ほとんど市民の意見を聞かないまま「公共施設の統廃合」を進めています。

※関連の記事は↓コチラから

http://osamukouno0901.seesaa.net/category/25228661-1.html

このように、国分寺市ビジョン案に記述している「ともに〜・・」という文章は、自治基本条例が定める「行政機関・国分寺市」が行わなければならない「市民参加」と「協働」「情報の共有」という基本理念を規定したものではありません

したがって、国分寺市ビジョン案は、担当課長が言う「まさに自治基本条例の精神を分かりやすく記述したものがこの国分寺市ビジョン案」などという代物では全くありません。

むしろ、1012日の記事に記載したように、「市民参加」や「自治基本条例」という文言や精神が、「完全に」と言っていいほど欠落しているものだと言えるでしょう。

 

●現行の基本構想に記述している「平和」も「人権」も「男女平等」も記述なし!

これ以外にも、現在の基本構想の前文に記載してある肝心なキーワード、「平和」や「人権」、「男女平等」という文言もなくなっておりますので、この国分寺市ビジョンは・・・いったい何を目指しているのか?・・・と厳しく批判をしなければなりません。

この間、大問題になっている「国分寺まつり問題」で、国分寺市が主導して「憲法9条の会」や「Bye-Bye原発の会」「ちょっと待って原発の会」を排除していることともリンクして、さながら「憲法」と「脱原発」を敵視している安倍政権の地方自治体版の「総合ビジョン」とも言えるかもしれません。

※関連する記事は↓コチラから

http://osamukouno0901.seesaa.net/category/25228720-1.html

市民自治をないがしろにし、トップダウンで進めているところも瓜二つでしょう!

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2016年11月20日

【 #国分寺市 総合ビジョン:2 現基本構想と現基本計画の評価・総括を行っておらず】今後の8年間を占う最上位計画を「0ベースでつくってる」と答弁。 #反省と教訓なし度LV10

今号では、市議会・総合ビジョン特別委員会で、この間ブログで厳しく批判してきた@「自治基本条例上の「評価の手続き」をまともに踏んでいない問題」について、改めて質疑を行った内容について記事にします。

・・とその前に、今回の記事は「専門用語」が多々出てきますので、あらかじめ記事の内容をざっくりと言ってしまうと「一般的に、『計画を立てて、継続的に取り組むもの』について、その『計画期間が終了し、継続して計画を作る際』には、『現行の計画の評価・総括をして、反省と教訓を次に繋げた計画』にするのは、当然のことだと思うのですが、残念ながら国分寺市は、その国分寺市の最上位計画ですら、これらのことがまともに行われていない・・・という話です。このことを念頭に、以下の文章をご覧になってください。

 

●第4次長期総合計画の「基本構想」と「基本計画」の評価と総括が、なされていない!

特別委員会で、私が「第4次長期総合計画の基本構想と三つの基本計画(国分寺づくり編、財政計画編、行政経営編)について、自治基本条例に基づいて市民参加で評価・総括をしたうえで、総合ビジョンの策定を行うべきだ」と求めたところ、担当課長は基本構想については数値的な目標がないので評価しない」と答弁し、基本計画の評価については国分寺づくり編は実施計画の評価と施策評価(両方とも基本計画全体の評価ではない)を行っている」「財政計画編は評価を行っていないが、予算や決算の状況についてホームページで公表している(市民参加の評価とは全く無関係の話)」「行政経営編は行政改革実施プランを評価(実施計画の評価のみ)している」と答弁し、「したがって自治基本条例に則って評価を行っている」と強弁しました。

※「基本構想」(国分寺市ビジョン)と「基本計画」と「実施計画」(両方を合わせて国分寺市ビジョン実行計画)の構成関係については下記資料を参照

※下記資料は現行(2007年度から2016年度)「第4次長期総合計画の「計画の構成と期間」より抜粋((赤字・赤線は総合ビジョンの構成を幸野が加筆)

この時点で、難しい言葉がいろいろ出てきてしまっているのですが、非常に大事なことですのでこのやりとりについてもう少し詳しく解説いたします。

 

●「基本構想」と「基本計画」の市民参加による評価・総括は自治基本条例の要請!

自治基本条例第6条では、「基本構想及び基本計画その他の基本的政策を定める計画並びにこれらに基づく実施計画の策定」において、「政策の立案、実施及び評価のそれぞれの過程において参加の権利を保障し、協働を推進します」としています。(下記資料参照)

※下記資料は「自治基本条例逐条解説」の「第6条(参加と協働の推進)」より抜粋(赤線は幸野が加筆)

すなわち、国分寺市の最高規範である自治基本条例は、具体的な計画である「実施計画」もさることながら、その大元になる(数値的な目標はない)「基本構想」と「基本計画」についても、「政策の立案、実施及び評価のそれぞれの過程」を「市民参加」によって行わなければならないことを定めているのです。

しかし国分寺市は、「基本構想については評価しない」と開き直り、基本計画の3つである「国分寺づくり編は基本計画全体としては評価していない」「財政計画編は全く評価していない」「行政経営編は基本計画としては評価していない」ことを認めながら、「自治基本条例に則って評価を行っている」と強弁しているのです。はっきり申し上げると支離滅裂な答弁であるわけですが、「基本構想」と「基本計画」については、「市民参加の評価」以前の問題として、評価自体・評価そのものさえ行っておらず、行政運営の大前提であるPDCAサイクルが全く機能していないという異常な事態だと言わなければなりません。

さらに詳しく解説しますと、国分寺市が主張している「実施計画の評価や施策評価」についての市民参加は「行政改革推進委員会」という付属機関の委員のみで、公募市民の定数はわずか3という状況です。わずか3人の市民しか参加できない「行政改革推進委員会」で評価を行ったことをもって、この実施計画の評価と施策評価を「自治基本条例に則って評価を行っている」などと言うのは、あまりにおこがましいと言えるのではないでしょうか。

 

●評価・総括がなければ、反省と教訓は引き出せない。継続性も発展性も見いだせなくなる!

さて皆さん、なぜ私はこの「基本構想」と「基本計画」における評価の手続きについて、これほどこだわって、指摘しているのかと言いますと、ただ単に「自治基本条例違反だ」と騒ぎ立てたいだけなのではありません

次期基本構想である「国分寺市ビジョン」をより実情に照らして市民的なものにするために、この10年間基づいてきた「基本構想」と「基本計画」の市民的に良かった点や悪かった点、守るべきもの、引き継ぐべきもの、改善すべきものなどをきちんと見いだして、次期基本構想に反映させていくことが、行政の継続・発展という点で不可欠だと考えているからです。それは行政に携わるものだけでなく、長期的に継続的に目標に向かって取り組む方なら、当然誰しもが思うことだと考えるからです。

ですから、今回の私の委員会でのこの指摘に対し、他の複数の委員の方からも同様の指摘が相次ぎました。そして最終的に国分寺市は「これからどのように評価をすることができるか検討する」と答弁せざるをえませんでした。

しかし同委員会では「(今回の総合ビジョンは)ゼロベースで検討してきた」とも答弁しており、現時点において、現行の「基本構想」と「基本計画」の「反省と教訓」は全く反映されていない状況です。

国分寺市が、この問題について、どこまで本気で受け止めていただいているかはわかりません。

しかし私は、これらの「評価・総括」を、国分寺市がまともに行ってきていない時点で、次期長期総合計画である「国分寺市総合ビジョン」を性急に策定してしまうことは、将来にわたって「大変な禍根」を残すと考えています。

したがって、「国分寺市総合ビジョン」は、策定スケジュールを延期し、現行の第4次長期総合計画について、市民参加による「評価・総括」をきちんとしたうえで、市民的に納得できる形での「策定手続き」を取ることが必要だと考えます。

また、今回の問題だけにとどまらず、PDCAサイクルと市民参加の評価は、国分寺市のあらゆる場面で実施していただきたいと切に願っております。

次回は、これらの問題が原因でA「現行の基本構想に記載してある肝心のキーワードが抜けている問題」について、記事にしたいと思います。

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2016年11月19日

【 #国分寺市 総合ビジョンの特別委員会で、トップダウンの進め方を改めるよう主張】 #国分寺市ビジョンは 現行の基本構想から著しく後退か。 #市民自治後退度LV9

1118日は市議会・総合ビジョン特別委員会が行われました。

「国分寺市総合ビジョン」に関しては、市議会・総務委員会(日本共産党の委員不在)で報告・議論されていたことを踏まえ、私自身が一般質問や決算特別委員会で質問してきた中身について、ブログに掲載してきました。

※関連する過去の記事は↓コチラ

http://osamukouno0901.seesaa.net/category/25230421-1.html

総合ビジョンの基本構想部にあたる「国分寺市ビジョン」については、12月議会で市議会の議決により決定されるため、特別委員会が設置されて議論されることになりました。

※下記資料は現行(2007年から2016年)「4次長期総合計画」の「長期総合計画の構成」より抜粋((赤字・赤線は総合ビジョンの構成を幸野が加筆)

 

●トップダウンで進めているので、行政の都合ばかりが優先され、市民の声が届いていない!

特別委員会では、パブリックコメントと市民説明会において出されていた市民からの意見を、ごく一部取り入れた「国分寺市ビジョン案」を中心に議論が行われ、私は主に@「自治基本条例上の『評価の手続き』をまともに踏んでいない問題」A「現行の基本構想に記載してある肝心のキーワードが抜けている問題」、B「現状の課題設定について行政の視点だけになっている問題」C「今後策定される実行計画(具体的な計画)について市民が参加できる場面がほとんどない問題」について、厳しく質疑いたしました。

今後、これらの問題について、記事にしていきたいと思います。

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2016年10月16日

【 #国分寺市ビジョン案 市民説明会に参加、やっぱりひどすぎ・・((+_+))】国分寺市の民主主義と立憲主義が問われています。 #国分寺市 #市民参加者わずか7名LV1

やっと体の調子が、徐々に戻ってまいりましたので、本日10:00〜Ⅼホールで行われた「国分寺市ビジョン案のパブリックコメント」市民説明会に参加してきました。

市民の参加者は、私含めて7。市の職員の方の方が多く、最上位計画の基本構想を作るパブリックコメントの市民説明会としては、非常に寂しい状況でした。

しかしこれは、市民の関心が低いわけではありません。これまで行われてきた国分寺市総合ビジョンの市民意向調査や、ワークショップなどは、誰もが自由に参加できるわけではなく、3000名の抽選に当たらなければ参加できないため、市民全般には呼び掛けられておりません

したがって、市報や市のホームページなどで、総合ビジョンそのものを策定していること自体、ほとんど周知されてこなかったのが実態なのです。おそらく、多くの市民の方がたは、総合ビジョンを策定していること自体、全く知らないのではないでしょうか。

本説明会に参加して、これまでも指摘をしてまいりましたが、今回の国分寺市総合ビジョンの策定過程は、あまりに市民をないがしろにして、置き去りにして、トップダウンで進められていることを、改めて痛感いたしました。

 

●参加者から戸惑いの声!この中身でビジョンと言えるのか?

説明会では、冒頭に職員の方から40分間、ビジョン案の説明がなされたのち、参加者からの質問や意見が出され、それに対して職員の方が回答していました。

参加者からの質問や意見では「この内容では抽象的過ぎてビジョンとは呼べないのではないか」(複数の方から)「この中身では意見をいいようがない。やり直すべき」(複数の方から)、との意見が出されていました。

確かに、国分寺市ビジョン案は、わずか3ページで、具体的な政策に関しては一つも掲載されておらず、このビジョン案によって、市民にとって何が変わるのか、良くなるのか、悪くなるのか、全く分からないものになっています。

肝心なのは、具体的な政策・計画であり、それを掲載するのは「国分寺市ビジョン実行計画」になるのです。

※下記資料は「国分寺市ビジョン案・パブリックコメント資料」P1より

 

●具体的な中身を規定する「国分寺市ビジョン実行計画」はパブリックコメントなし!

しかし、肝心の実行計画については、現時点において、市民をはじめ、市議会にも具体的な中身は、一切示されておりません

しかも本日の説明会で、参加者から「実行計画を伴った総合ビジョン案のパブリックコメントは行われないのか?」(複数の方から)との質問に対し、市は「実行計画を策定中の段階では、説明会やパブリックコメントは行わず、計画策定後に市民説明会を行う」と回答し、実行計画については、パブコメや市民説明会など、市民参加を行わずに、行政だけで策定し、事後にのみ市民説明会を行う姿勢を改めて示しました。

担当課長は「長期総合計画から総合ビジョンに変わることによって、基本計画と実施計画がなくなり、実行計画になったので市民参加をする必要がなくなった」旨の弁解をしていましたが、全く言い訳になっておりません。

 

●自治基本条例違反が常態化しています。市民の力でくいとめよう!

これは間違いなく、自治基本条例に抵触します

※下記資料は「自治基本条例逐条解説」第6条より抜粋

自治基本条例第6条では、「基本構想及び基本計画その他の基本的政策を定める計画並びにこれらに基づく実施計画の策定」において、「政策の立案、実施及び評価のそれぞれの過程において参加の権利を保障し、協働を推進します」としています。

市は、「国分寺市ビジョン案・パブリックコメント資料」の中で「基本計画と実施計画をあわせた『国分寺市ビジョン実行計画』」と明記しており、これにきちんと従うならば、基本計画分の市民参加と、実施計画分の市民参加を、ダブルに行わなければならないことになるのです。

ただ、国分寺市は国分寺市ビジョン案から自治基本条例の理念や精神を完全に投げ捨てておりますので、自治基本条例違反をお構いなしに進める危険性が漂っています。

市民の皆さんの力が必要になっています。

国分寺市の民主主義と、立憲主義がかかった重要な場面です。

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2016年10月12日

【 #国分寺市ビジョン案 は、現基本構想から大きく後退】国分寺市はボトムアップ→トップダウンへ #国分寺市 #市民自治後退度LV5

●現計画・第4次長期総合計画の基本構想は「市民参加」「自治基本条例」を「真の市民自治の確立」のためとして進めてきた計画

前回記事にした国分寺市ビジョン案が、「市民自治」から後退していることは、現計画・第4次長期総合計画と比較すると、より一層鮮明になります。

※「第4次長期総合計画・後期基本計画」は↓コチラから

http://www.city.kokubunji.tokyo.jp/shisei/houshin/keikaku/index.html

※「第4次長期総合計画・後期基本計画」の表紙

現計画・第4次長期総合計画の基本構想では、その前文で、「市民が主権者」であることを明確に謳い、「真の市民自治を確立」するための手法として、「情報の共有、参加と協働」を掲げています

※下記資料は「第4次長期総合計画・後期基本計画」P9「国分寺市基本構想の前文」より抜粋

※実はこの前文、自治基本条例の前文とうり二つになっています。というのも、この基本構想を策定している同時期に、自治基本条例の策定も進められており、お互いがお互いに、国分寺市の最高規範と最高位計画という関係で、持ちつ持たれつ検討されていた経緯があるからです。

※下記資料は「自治基本条例」の「前文」より

そして@行政運営の理念の中では、「市民は主権者であり、職員は全体の奉仕者であることを確認し、行政は市民の信託によって運営されることを基本に、市民とともに考え、歩み、育ち、自立した自治体を創っていきます」と「自立した自治体」の主体者として「市民」を位置付けています。

そして行政運営の基本方針の1として「市民参加の裾野を広げるため、積極的な情報提供による市民との情報を共有を進めます。また、行政のあらゆる分野で市民および市民活動団体等との協働が推進されるよう、協働の仕組みづくりを積極的に進め、参加と協働を行政運営の基本方針とします」と掲げています。

※下記資料は「第4次長期総合計画・後期基本計画」P9「国分寺市基本構想の1行政運営の理念」より抜粋

このように、現計画の基本構想では「市民参加」や「協働」「情報の共有」が、行政運営の理念であり、行政運営の基本方針であり、ひいては基本構想の真髄であることがわかります。

そしてこのことは、基本構想のみならず、国分寺市がかかわる基本計画や実施計画、基本方針や実施方針に加え、各種の条例や規則の策定・改定など、すべてのことにおいて、念頭に置かれなければならないものであることを、意味するものです。

 

●国分寺市ビジョン案では、現計画の基本構想の柱を投げ捨て、市民自治から行政独断へ

しかし、現在策定が進められている国分寺市ビジョン案は、現計画・基本構想の次期基本構想にあたるのにもかかわらず、その構成要素である@未来のまちの姿、A分野別の都市像、Bまちづくりの基本理念の中に、「市民参加」や「自治基本条例」という文言や精神が、「完全に」と言っていいほど欠落しているのです。

過去に記事にもしましたが、現計画の基本構想については、自治基本条例第6条によって、市民参加による評価をしなければならないのにもかかわらず、市民参加ところが、評価・総括自体も一切しないまま、国分寺市ビジョンを策定しようとしているのも、逆に言えば、一貫した姿勢だと言えるかもしれません。一貫した姿勢とは、言うまでもありませんが「市民自治の姿勢」ではなく「行政独断の姿勢」であることは、この間論述した通りです。

まさに今、国分寺市は「ボトムアップ」市政から、「トップダウン」市政へと急速に下降している状況であります。

曲がりなりにも、この10年間掲げてきた現計画の基本構想は、市民を中心に据えて、市政を進めることを明記したものでした。

民主主義を前進させる意味においても、大事な中身でした。

今その中身が大きく後退させられようとしている・・・市民の皆様には、この事実を知っていただきたいと思います。

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